『呼び覚ませ、ヒッチハイカーのプロ根性!の巻』前日は那覇市内のゲストハウスで
溜まりに溜まった洗濯物と日記を大量に処理し、
この日の出発に備えることに。
そして今日はいよいよヒッチハイクで、
沖縄本島を一周する旅を始めることにする!
始まりの場所は圧倒的な車社会である
沖縄の大動脈とも言える
国道58号線!
この国道58号線はかなり厄介な道だ。
まず片側3車線である上に、車の流れも激しい。
一応、側道にバスが停まるためのスペースがあるが、
そこにもバスが絶え間無くやってくるのでかなり危ない。
要するに、ヒッチするにはかなり難易度が高いってことだ。
しかも俺が今いる場所は大都会である那覇だ。
かなり市街地から離れないとヒッチなど出来そうもない。
ということで、那覇から58号線沿いに
ヒッチしやすい場所まで歩くことにする!
昨日のゲストハウスで体力を全回復させたので
歩くこと自体はどうってことない!
そんな調子で自前のipodを聞きながら
浦添市、
宜野湾市と過ぎていき、
気づけば16キロ先の
北谷(ちゃたん)町まで来ていた!
あれ、こんなはずじゃなかったのにな・・・?
いつまでたっても片側3車線で車が途切れないぞ?
かといってこれ以上歩き続けてもキリがないし、
そろそろここいらでヒッチハイクしなきゃだな・・・。
つーことでかなり中途半端な場所だが
ホワイトボードに『名護』と書いてヒッチを始める!
北谷の隣には大規模な米軍基地・・・。
空からは米軍飛行機の耳をつんざくような爆音。
北谷は町とはいえ、かなりの市街地であり
その上、片側3車線であるがゆえに効率が悪い。
そして車が停まれるようなスペースも無く、
ただ無為に時間が流れていくのみだった・・・
思えば、これまで片側3車線での
ヒッチは避けてきたのだ。無理も無い。
『久しぶりのヒッチハイクでこれかよ・・・』ただ素早く流れていく車の流れを尻目に、
俺はあてもなく再び歩き始めた。
北谷を出てからはさらに激しくなる車の流れ。
ほんともう、気持ち的にどうにかなりそうだった。
そこからさらに6キロ歩いて
嘉手納(かでな)町まで
やってくる頃には身も心も限界を迎えていた。
時刻は既に午後5時を回っている。
名護まで行けば宛があるが、ダメならここで野宿だ。
いや、この身体の疲れ方で野宿はヤバイ・・・。
いっこうに途切れない激しい車の流れ。
だけど残された気力で頑張るしかない!
たかが58号の道路に負けることだけはしたくない!
少し車の流れが緩い場所に立ち、
本日2度目のヒッチハイク。気力で親指を立てる。
だが無常にも車はスピードを上げて
傍らでヒッチする俺をものともせず去っていく。
もうここいらで限界なのか・・・?諦めが頭をちらつく。
すると、その時!
一台の車が目の前で素早く停まった!!
運転手:
『とりあえず早く乗んなさい!』目的地などもうどこでもよかった。
俺に選択する余地など無く、
倒れこむようにして車内になだれこんだ。
乗せてくれたのは具志堅さん夫妻で、名護在住。
北谷での買い物の帰り道ということで、
ついでに俺のことを乗せてくれたようだ。
俺が那覇から嘉手納まで歩いたことを話すと、
具志堅さんは目を丸くしていた。
具志堅さんは
本部(もとぶ)町で居酒屋を営んでいて、
ウチナーンチュがどれだけ酒飲みであるかを知っている。
台風が来れば、まず酒を飲むのが当たり前で
家にいるだけでとりあえず酒を飲んでしまうらしい。
ビール高いからまず飲むのは泡盛。
そして一気飲みはせず、朝5時までちびちび飲む。
一気しない理由は、テンションが下がるかららしい・・・。
このあたりが内地と沖縄の考え方の違い。
ウチナーンチュの女の子だって、
チューハイを飲んだあとは泡盛をがぶ飲みである。
ここではお酒を飲まなければ話にならない。
とびきりお酒が弱い俺には、耳が痛い話・・・。
『もうちょっとお酒強くならなきゃなぁ・・・』そう思いつつ、今日泊まる宿でオリオンビールをあおった。
(つづく)
Dear Mr. sj,
そんな感じで去年は病院にまで連れてって頂いちゃったりして、とても助けられてしまった記憶があります。
お元気で。ヒッチハイク甲子園でまた会いましょう。
わざわざコメントありがとうございます!
病院までヒッチハイクなんてすごいね!
その気合いと元気にリスペクトっす!
こちらこそ甲子園でまた会いましょう☆
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